多様な子どもの個性と成績〜「飲み込みが悪かった」アインシュタイン・「鋭すぎる感受性」と本質を見抜く眼力・日本に対する慧眼〜|子どもの個性と教育4

前回は「『子どもの個性を活かす』ための中学受験〜画一的な日本の教育と「ゆとり教育」の大失敗・「自由な環境」と子どもの成長・威人たちの生き方と「自由」〜」の話でした。

目次

「鋭すぎる感受性」と本質を見抜く眼力:日本に対する慧眼

物理学者・科学者 Albert Einstein(Wikipedia)

誰でも知っている天才物理学者・科学者アインシュタイン。

男子小学生

相対性理論を
作ったすごい人だよね!

女子小学生

すごく頭が
良かった人でしょ!

一時は、世界中で大変なフィーバーを巻き起こし、ロックスター並みの超人気を誇ったアインシュタイン。

海外の人

アインシュタインさん、
ぜひ我が国に来てください!

世界中からラブコールを受けたアインシュタインは、

アインシュタイン

分かりました。
伺いましょう!

1879年に生まれたアインシュタインは各地を訪問して、大歓迎を受けました。

1914年に第一次世界大戦が勃発したため、しばらく不穏な時代が続きましたが、1918年に終戦しました。

1921年、42歳の時についに念願のノーベル賞受賞となり、アインシュタインの名声はさらに上がり、

日本人

アインシュタインさん、
ぜひ日本にも来てください!

アインシュタイン

日本ですか・・・
行ってみましょう!

当時、欧州の方々からすれば「遠い極東の国」だった日本。

1922年にアインシュタインは来日して、43日間もの長期滞在しました。

当時は、大正時代だった日本は日露戦争での勝利を経て、世界有数の強国となっていました。

一方で、1868年の明治維新以来「西洋の学問を学ぶ」ことを推進し続けてきた日本。

明治維新から54年経過した1922年の当時、日本の科学力もまたかなり増進していました。

それでも、欧州と比較すると「かなり見劣りする」状況だった日本。

日本人

アインシュタインの
相対性理論は素晴らしい!

日本側が天才物理学者アインシュタインを大歓迎することは、ある意味当然のことでした。

アインシュタイン

日本は
神秘のベールに包まれた国です・・・

アインシュタインの大人気の理由は、「天才」以外に彼のキャラクターなど様々あります。

各地を訪れた際、その国や文化に対して、本質的な鋭い意見を言うことが多かったアインシュタイン。

アインシュタイン

日本の木造の建物は、
西洋の建物と全然違って、素晴らしい!

日本の建物や文化に対して、驚嘆しながらも非常に感銘を受けました。

中には「リップサービス」もあったでしょうが、

アインシュタイン

日本の方々は西洋科学に対し、成功と大きな理想主義を
掲げて、科学の世界に飛び込んでいます。

アインシュタイン

その時、西洋と出会う前に日本の皆さんが
本来持っていた自然と共にある姿勢は大事にして欲しい・・・

日本滞在の間に「日本の科学の良いところと課題」を鋭く指摘したアインシュタイン。

彼が各地で感銘を受けたのは、物理学の業績以外にも彼の「鋭すぎる感受性」も大きな理由でした。

多様な子どもの個性と成績:「飲み込みが悪かった」アインシュタイン

新教育紀行
銀閣寺(新教育紀行)

日本訪問の際には大正天皇にも謁見し、御所なども訪問したアインシュタインは、

アインシュタイン

日本は、
とっても良い国です!

アインシュタイン

日本の良さ、日本人の皆さんの良さを
ぜひ堅持してほしい!

当時、明らかに「科学的後進国」だった日本を激励して去ったアインシュタイン。

「巨大過ぎる名声」を持っていたこともあり、アインシュタインの「本質的言葉」は各地に広まりました。

「物事を本質的に見る」強力な視力を持っていたアインシュタインは、大作家でもありました。

このように優れた能力・異能を持っていたアインシュタインは、高校生ぐらいまでは「まあまあ優秀」でした。

さらに、小さな頃はとても変わっていて「内向的」だったアインシュタイン少年。

小学校では質問に答えるのが遅くて、先生から、

教師A

お前は
「のろま」だ!

とまで言われてしまうことになりました。

アインシュタイン

僕って、
のろま・・・?

当時のドイツ(プロイセン)の雰囲気は、ビスマルクが「帝国主義」を推進していました。

ドイツ宰相オットー・ビスマルク(Wikipedia)

植民地化を進める帝国主義は、軍国主義とも繋がります。

この雰囲気の中、当時のドイツ(プロイセン)は、

ビスマルク

我がプロイセンこそが、
欧州一になるのだ!

国を挙げて優れた人物・軍人を育てることに躍起になっていたのでしょう。

この風土の中、少し要領の悪いアインシュタイン少年は先生から目をつけられます。

アインシュタイン

僕って、
「のろま」なの?

「のろま」という言葉は、日本には、それほど馴染みがないように感じます。

小学生・中学生・高校生は、同級生同士で

小学生A

お前は
バカだ!

少年B

お前こそ
バカだ!

このように言い合うことがあります。

これは、大人の目から見たら「よくないこと」です。

一方で、子ども時代にこういう風に「言い争うこと」は「成長の一つのプロセス」と考えます。

このように「バカ」など「相手を罵倒すること」はありますが、

少年C

お前は
のろまだ!

とは、日本ではあまり聞いたことがありません。

それは、日本とドイツの風土の違いかもしれません。

帝国主義を強烈に推進し、欧州において科学・技術などの分野で一歩抜きん出ようとしていたドイツ。

ドイツ人(当時)

とにかく、
どんどん学力を上げるのだ!

「飲み込みの良い子」が重宝されていたのでしょう。

この時、「飲み込みが悪い子」だった天才物理学者アインシュタイン。

アインシュタイン少年が「のろま」と呼ばれていた事実。

親や教師から見て、

小学生の母親

この子、
大丈夫かしら・・・

このように思う場合でも、

小学生の母親

「この子ならでは」の個性では
ないかな・・・

こう考えるのも良さそうです。

小学生になると、運動が得意な子・機敏な子・成績が良い子・本が好きな子、様々な個性が出てきます。

小学校高学年となる小学四年生ぐらいからは、「成績」が少しずつ気になってきます。

どうしても「成績が良い子=飲み込みが良い子」の方が上になってくるのが現実です。

この時、必ずしも「成績が良い子」が「頭が良い子」ではないのが現実です。

時代が異なるとはいえ、アインシュタインの人生は、そのことを如実に語っています。

多様な個性がある中、アインシュタインや西郷隆盛などの人々の話は、様々な示唆を持つと考えます。

新教育紀行

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