日本の旧国名の覚え方・暗記のコツ 3〜名前の由来・近い国と遠い国・古来から重要な地・近江・太閤検地による各国石高確定・石高1位の近江〜|中学受験・高校受験・大学受験・地理

前回は「日本の旧国名の覚え方・暗記のコツ 2〜名前の由来・上と下・中心の京都・京・山城からの距離・文化の香り豊かな「上野」という地名〜」でした。

目次

近い国と遠い国

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旧日本地図(古地図専門店)「上」「下」の国名(新教育紀行)

上野・下野などの話でした。

前・中・後と上・下が出てきました。

他に、京=山城との位置関係の国名は見当たりますか。

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旧日本地図(古地図専門店)「近」「遠」の国名(新教育紀行)

江(おうみ)と江(とうとうみ)です。

京=山城から「い湖」と「い湖」です。

「近い湖」の湖は、日本最大の湖=琵琶湖です。

「遠い湖」の湖は、湖ではありませんが、遠江の湾のことです。

古来から重要な地:近江

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旧日本地図(古地図専門店)「近」「遠」の国名 2(新教育紀行)

昔は水運が非常に重要で、琵琶湖は近江国の水瓶的役割をしていました。

豊富な水を背景に、稲作等が非常に盛んであった近江において、琵琶湖の存在は非常に重要な意味を持っていました。

特に近江国(滋賀県)は、古来から戦国期・江戸時代において、非常に重要な地でした。

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近江周辺では、古来から大きな合戦が行われ、その勝利者が時代を動かすことが多かったのです。

壬申の乱に始まり、源義経率いる軍が木曾義仲の軍を破った「宇治・瀬田の合戦」も近江です。

戦国時代には、姉川の合戦・賤ヶ岳の戦いという織田信長・豊臣(羽柴)秀吉が台頭する契機となる合戦が起きました。

左上から時計回りに戦国大名・天下人 織田信長、豊臣秀吉、北条氏政、徳川家康(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

そして、豊臣から徳川へ権力が移行した関ヶ原の戦い。

関ヶ原は美濃ですが、実態としては近江周辺での戦いであったと言っても良いでしょう。

太閤検地による各国石高確定:石高1位の近江

戦国期の国別石高(歴史群像シリーズ 1 織田信長 学研)

天下を統一するからには、
各土地の生産力を把握する必要がある!

天下人となった豊臣秀吉は、「太閤検地」を実施します。

「検地を実施する理由」は、年貢を確定させるために必要だったからでした。

当時の税金である年貢。

年貢こそが、国力のもとでありました。

太閤検地において、堂々の1位となった近江国。

近江は77万石以上の石高を有し、ダントツの生産力を誇りました。(広大な陸奥を除く)

さらに、近江は鉄砲生産地である国友村などがある、商業盛んな地域であったのです。

お米が沢山収穫できて、商業が盛んなだけでも「非常に重要な地」です。

さらに、「近江が重要な理由」がありました。

それは、京都から近畿圏・東国へ向かう「街道・流通路の結節点」となっていたことです。

つまり、人の流れ・物流の要衝であった近江。

極めて重要な地であった近江は、織田信長も目をつけます。

戦国大名 織田信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

琵琶湖付近に、
新たな城・安土城を築くぞ!

安土城を築いた信長。

新教育紀行
安土城天主 信長の館(新教育紀行)

日本で「京・山城に次いで重要な地」とも言える近江だからこそ、豪華絢爛たる安土城が建築されたのでした。

地名には色々な由来があって、面白いです。

こういうことを知ると地図から色々と新しいこともわかり、暗記にも役立つでしょう。

次回は下記リンクです。

新教育紀行

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