日露戦争の流れ 5〜〜|中学受験・高校受験・大学受験・社会

前回は「日露戦争の流れ 4〜大日本帝国とロシア帝国・満州軍の総指揮者児玉源太郎の狙い・旅順の死闘と児玉の「常識外の作戦」・「バルチック艦隊」の登場〜」の話でした。

目次

陸軍の戦いから日露海軍の決戦へ:万全の体制で待ち受けた日本海軍

左上から時計回りに東郷平八郎 連合艦隊司令長官、大山巌 満州軍総司令官、児玉源太郎 満州軍総参謀長、秋山真之 第一艦隊参謀(Wikipedia)

今回は、日本海海戦の話です。

児玉源太郎

ロシア陸軍との戦いでは、
奉天の戦いなどで、善戦をした・・・

児玉源太郎

旅順では大損害を受け、多数の
戦死者を出してしまった・・・

児玉源太郎

大勢の・・・
大勢の日本の将兵が・・・

項目大日本帝国ロシア帝国ロシア/大日本帝国
人口(万人)4,60012,0002.6
現役兵力(万人)1002002.0
歳入(億円)2.5208.0
火砲(門)6362,2603.6
艦船(トン)25803.2
石油産出量(万バレル)20044,500222
大日本帝国とロシア帝国の戦力比較(歴史群像シリーズ「日露戦争」学研、「二百三高地」東映、TRT World)

遥かに「格上」のロシアに対して、陸軍は児玉 満州軍総参謀長らの必死の戦いでロシア軍に善戦しました。

「善戦」と言っても、それは「日本側からの視点」であって、ロシアから見れば、

ロシア

Japan(日本)ごときに、
なにを前線は、てこずっているのだ?

程度の認識だったのでしょう。

ところが、ロシア国内は、実はガタガタの状況でした。

この「ガタガタの状況」の中、「格下の日本」なんかに負けたら、国家が解体する危機となる状況でした。

ロシア

冗談ではないわ!
バルチック艦隊でJapanに止めを刺せ!

秋山真之

ロシアの
バルチック艦隊・・・

いかにも強そうな名前の「バルチック艦隊」は、世界中に雷鳴を轟かせていました。

いわば「世界最強艦隊」とも言われた存在であり、

秋山真之

バルチック艦隊と戦って、
なんとか、なんとか勝たねば・・・

日本海軍の連合艦隊は、

東郷平八郎

バルチック艦隊との戦いが
ロシアとの決戦だな!

秋山真之

はっ!

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バルチック艦隊航路(Wikipedia)

本国ロシアのバルト海から「遠路はるばる」日本にきたロシアのバルチック艦隊。

バルチック艦隊は、二手に別れました。

そして、下の地図で「青色のルート」と「赤色のルート」に分かれて日本目指して突き進んできたのです。

青色のルートに至っては、半年以上の年月をかけて日本にたどり着きました。

そのバルチック艦隊を、連合艦隊は完全整備の上、もう訓練して「満を持して」迎え撃ちます。

日本近海で猛烈な射撃の練習をした連合艦隊。

秋山真之

あそこを
狙え!

秋山真之

百発百中というわけにはいかぬが、
出来るだけ命中率を上げるのだ!

陸でも海でも、砲撃・銃撃は「敵に当たらなければ意味がない」です。

特に、海では「大きな弾を敵に砲撃しても、当たらなければ、海に落ちるだけ」です。

秋山真之

とにかく、
少しでも、命中制度を上げるのだ!

連合艦隊幕僚A

ははっ!

ほぼ休みなしの「月月か水木金金」の体制で、海軍は猛烈な大訓練を実施しました。

そして、

連合艦隊幕僚A

だいぶ射撃の命中率を
上げることに成功しました!

秋山真之

よしっ!
あとは、バルチック艦隊を待ち受けるのみ!

戦艦三笠と日本海海戦:米国の講和仲介

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連合艦隊旗艦 戦艦三笠に座乗する東郷平八郎連合艦隊司令長官(Wikipedia)

連合艦隊の旗艦は山本権兵衛海軍大臣がゴリ押しして、大英帝国から購入した最新鋭の戦艦三笠でした。

日本海海戦は、東郷平八郎連合艦隊司令長官・秋山真之 参謀たちが大いに奮戦します。

そして、世界最強と言われたロシア・バルチック艦隊を、ほぼ全滅させる大勝利としなりました。

東郷平八郎 連合艦隊司令長官(国立国会図書館)
東郷平八郎

みなのおかげで、
バルチック艦隊を完膚なきまでに叩いた・・・

東郷平八郎

これで、
これで・・・

大勝利に感無量となった東郷司令長官でした。

東郷平八郎

我が日本は、
なんとか危機を脱したのだ・・・

児玉源太郎

我が陸軍はロシア軍を
押しているが・・・

児玉源太郎

まだまだロシア軍は増援部隊を
送ってくる余力がある・・・

児玉源太郎

この日本海海戦での大勝利を
持って、なんとか講和を・・・

セオドア・ルーズベルト米大統領(Wikipedia)

ここで登場したのが、セオドア・ルーズベルト米大統領でした。

ルーズベルト

ま〜ま〜、RussiaとJapanの
みなさん・・・

ルーズベルト

いかがでしょう、
このあたりで、講和を・・・

ルーズベルト

お互い仲直り
しませんか・・・

ルーズベルト

我がUnited States(米国)が間に
入りましょう・・・

ルーズベルト

それとも、私の提案を無視して、
United States(米国)を敵に回しますか?

実は、伊藤博文たち日本政府要人が米国に働きかけていたのでした。

ルーズベルト大統領の圧力もあり、日本は、なんとかロシアと講和を結ぶに至ったのでした。

日本海海戦から太平洋戦争へ

高野五十六 少尉(Wikipedia)

日本海海戦で戦った大勢の将兵の中に、高野五十六という若手の少尉がいました。

そして、日本海海戦で戦い、左手の指を2本失う重傷を負います。

高野五十六

頑張って戦ったけど、
指を2本なくしてしまった・・・

高野五十六

とても、とても残念だけど、
軍人としての本望だ・・・

高野五十六

そして、まだまだ
僕は戦える!

この高野少尉は、実は後に名家・山本家を継いで、山本という名前になります。

そして、第二次世界大戦(太平洋戦争)で連合艦隊司令長官となる山本五十六でした。

高野五十六

日本海海戦では、
名誉の負傷をしました・・・

世界中から、

欧州人P

あの最強のバルチック艦隊を
擁するRussiaに・・・

欧州人P

新興国のJapanの
海軍が勝てるはずはない・・・

こう思われていた戦いでした。

日本陸海軍の大勢の将兵が心を一つにして、大勝利となりました。

この時、バルチック艦隊を日本海で迎撃し、

欧州人P

Japanの海軍の
あの凄まじい大勝利の理由は何だ?

世界中が驚愕したほど「想像を絶するような快勝」をおさめた日本海軍。

この大勝利によって、「日本海軍の作戦の軸」が決定しました。

これ以後、日本海軍が強敵と戦う際は、

日本海軍

日本近海で迎撃し、
敵艦隊に致命傷を与える!

ことが「日本海軍の基本理念・ポリシー」となりました。

後に、日本海軍の大方針「迎撃ポリシー」に正面から逆らった人物がいました。

遠路はるばる「真珠湾へ奇襲攻撃をかける」壮大な作戦を、主導した中心人物。

その人物こそ、日本海海戦に参加した若き高野少尉が成長した、後の山本五十六連合艦隊司令長官でした。

山本五十六 連合艦隊司令長官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

次回は上記リンクです。

新教育紀行

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