前回は「武蔵中学校のカラーに向いている子〜「自分で考えたい」子・武蔵中の偏差値上昇傾向・「公園の中の学びの舎」・「のびのび自ら考える」教育の総本山・大幅に低下した大学進学実績〜」の話でした。
見事過ぎる武蔵高校生の卒業答辞:「見事」を超えて「美事」

今回は2025年3月18日に開催された、武蔵高校卒業生の「見事過ぎる」答辞に関する話です。

紹介する卒業生の答辞は、上記リンクで公開されています。
今回は、この卒業生答辞の中から抜粋させて頂き、ご紹介します。
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とても高校生が書いたとは思えない文章です。
まず、筆跡が達筆すぎて、これほど綺麗な字を描く高校生は極めて珍しいでしょう。
そして、内容が極めて濃く、具体的である点が非常に好感が持てます。
達筆で明快で極めて濃い文章であり、達筆は別としても、この文章は大人でもなかなか書けません。
この文章を読めば、一目でイメージできます。
作者の島田さんが、武蔵中高でどのような学校生活を送ったか、を。
「ザ・武蔵」の精神:「一風変わった」受験とは無縁の授業

本答辞の中で、島田さんは武蔵の教育に関して、具体例を挙げて述べています。

変体仮名を粛々と
解読する授業・・・



ラジオを聞いて、
ひたすら天気図を書く課題・・・



岩石の薄片を、
これでもかと削る作業・・・



自宅の周辺を歩き回って
作り上げるレポートなど・・・
これらの「一風変わった授業」のうち、筆者は前者の「変体仮名」と「天気図」はよく覚えています。
これらの文科省教育指導要領にはなく、大学受験には一切関係ない授業こそ、「ザ・武蔵」の精神です。



百人百様の
武蔵生であって欲しい!
この「百人百様」は他の学校でも同様かと思いますが、「個性的であれ」を根幹としている武蔵らしいです。
さらに、森信三の言葉を挙げて「一期一会の出会いに感謝」とは、高校生に言えることとは到底思えません。
そもそも、筆者は高校生の頃に森信三は知らなかったのであり、ほとんどの高校生も知らないでしょう。
この独特すぎて、見事過ぎる答辞を書くことが出来る中高生を育てているのが、武蔵中高の教育です。
「一風変わった」受験とは無縁の授業を、現在もなお、頑なに続けている武蔵中高の様子に、



いやはや、武蔵は相変わらず
独自路線を突っ走っているな・・・
武蔵卒業の筆者は、ある種の安心感を感じました。



大学進学実績が大幅に落ちた
武蔵は、もはや御三家ではない!
こんな声が、少しずつ聞こえ始めて20年ほど経過しました。
この中、「武蔵らしさ」を思い切り堅持しながら教育を進めている武蔵中高の教員の方々には喝采を送りたい。
そして、「見事」や「素晴らしい」を超えて、「美事」としか表現のしようがない文章を書いた島田さん。
彼の今後に大いに期待です。
今回は、たまたま母校の武蔵高校卒業生の答辞をご紹介しました。
他の学校に関しても、興味深い内容があれば、ご紹介してゆきたいと思います。