前回は「年号並び替え・記述問題 3〜流れを理解・年号は出来るだけ覚える姿勢・版籍奉還・江戸時代と明治時代の違い・廃藩置県・大名から華族へ版籍奉還と廃藩置県の違い・自分の言葉で簡潔に〜」の話でした。
歴史への視点:個性的な人物が紡ぐ出来事
簡単そうで、難しい時も多い年号並び替えの問題。
具体的に明治維新の頃の出来事を並べて、「年代暗記ではなく、流れを理解」して考えました。
流れを理解すると、様々な人物が生き生きとしてきます。
歴史の有名人たちは、非常に個性的な方々です。
「個性的だからこそ、偉業を成し遂げた」と言っても過言ではないでしょう。
威人紀行で取り上げている方々も、皆実に個性的で「少し変わったところがある」のです。
歴史は「個性的で変わった人々」が様々に関係して、紡ぎ上げる出来事の流れです。
確かに、西郷隆盛や
大久保利通って、個性的だね!
坂本龍馬はとっても
カッコよくて、個性的!
もし、現代に坂本龍馬がいたら、
どんな感じで生きるのかな?
楽しい歴史などの学び:「覚えられない」から「覚えられる」へ
すると、「ひたすら暗記」だと無機質で楽しくない歴史も、楽しくなります。
楽しい気持ちを持って、興味を持って勉強すると、流れと同時に年号も覚えられるでしょう。
確かに、つまらないと
覚えられないけど・・・
楽しく感じると
覚えられる!
年号に関しては、様々な語呂合わせがあります。
語呂合わせで覚えている方も、多いでしょう。
一番有名なのは、源頼朝の鎌倉幕府開設の年で「いい国(1192)作ろう、鎌倉幕府」でしょう。
これは、語呂合わせがあまり合わなかった僕でもいまだに覚えています。
最近は「鎌倉幕府開設は1185年」という学説もあります。
その場合は、「良い箱(1185)作ろう、鎌倉幕府」となります。
やはり、「良い国」の方が「良い箱」よりも、実態に合っていて覚えやすいです。
また、「徳川幕府成立の1603年」も「考える余地がある」ように思います。
人物をイメージして生き生きと思い描く
今回は、年号ではなく「人物」などの暗記の話です。
歴史上の人物として、「後〜天皇・上皇・法皇」が何人か出てきます。
1221年に、鎌倉幕府執権 北条義時に対して、時の朝廷のボス 後鳥羽上皇が追討の軍を挙げました。
承久の乱です。
この時は、幕府の迅速な対応で、あっさりと朝廷側は敗北してしまいます。
こんな、
こんなはずでは・・・
実際、鎌倉幕府は非常に危なかった事態だったのです。
そして、頼朝の奥様であった北条政子が、
頼朝公の御恩は、
山より高く、海より深い。
大演説をして関東武士を鼓舞して、一気に形成逆転となりました。
この演説は「代理の武士が読んだ」説もあり、現実的にはそうなのでしょう。
立て続けに将軍が亡くなり、危機に陥っていた鎌倉幕府。
女傑 北条政子が凄まじいパワーを発揮して、目上の立場であった朝廷に痛烈な反撃を行いました。
これで、鎌倉幕府の「朝廷に対する優位」が決定的となりました。
ところが、鎌倉幕府内の反乱・揉め事は日常茶飯事で、鎌倉幕府と朝廷もギクシャクし続けました。
そして、ついに後醍醐天皇が紆余曲折の果てに、鎌倉幕府を追討し、倒幕に至ります。
これらの流れは、多くの受験生が知っていますが、
後鳥羽上皇と、
後醍醐天皇を間違える時がある・・・
後〜が似ていて、
時々混乱する・・・
この後鳥羽・後醍醐に加え、後白河法皇などもいます。
そういえば、後白河法皇も
大事だね・・・
間違えないようにするには、
どうしたら良いんだろう・・・
自分なりの「人物イメージ」と「覚えられる」暗記方法
後〜の方が
多いすぎて・・・
これらの名前は、頭に入っているか、語呂合わせで覚えているかもしれません。
選択肢問題などで、「後鳥羽と後醍醐を替えて出題」も考えられます。
しっかり、
覚えているよ!
という方は、良いでしょう。
時々、
勘違いしてしまう・・・
という方向けの話です。
「後〜天皇・上皇・法皇」でも、「後のあとの音」を覚えていれば、思い出せると思います。
「後」の後が「だ」だったら、
「後醍醐天皇」って絶対分かる!
こういう細かい知識を暗記する時は、「自分なりに覚える方法」を考えてみましょう。
自分で考えるのは、
難しいよ。
難しく考えずに、自分が好きなように考えてみましょう。
「自分が好きなイメージ」で人物を思い描きましょう。
例えば、「承久の乱の後鳥羽上皇」は、鎌倉幕府初期に、
幕府を倒せ!
と、一気に「飛躍して、飛んで」幕府に戦いを挑みました。
そこで、「飛んで、鎌倉幕府に戦いしかけた」と覚えるはいかがでしょうか。
「飛んで」の「と」と「鳥羽」の「と」をセットに考えます。
「飛んで」幕府に戦い仕掛けた、
後鳥羽上皇ね・・・
そういうイメージ持つと、
覚えられるかも。
ついで、後醍醐天皇の「醍醐」の「だ」を考えましょう。
正中の変など、ずっと鎌倉幕府打倒を考え続けた後醍醐天皇。
打倒!
鎌倉幕府!
「打倒!」の「だ」と、「後醍醐」の「だ」をセットにしましょう。
承久の乱の時は、鎌倉幕府成立後30年ほどで「鎌倉幕府の基礎」が形成されてきた頃です。
だから、一気に「飛んで」倒幕を考えたのが、後鳥羽上皇でした。
対して、後醍醐天皇の頃は執権北条氏の力が弱っていたとはいえ、鎌倉幕府成立後130年以上です。
幕府の基礎・土台がしっかりと作られているので、「飛んで倒幕!」は無理なのです。
鎌倉幕府の
力は頑強だ・・・
後鳥羽上皇も「打倒!」だったでしょうが、後醍醐天皇の方は
もっともっと打倒!っていう
気持ち持たなきゃ!
と意を決する必要がありました。
この為、「打倒→後醍醐天皇」というイメージが「一つの考え方」です。
このように、自分なりに「言葉・イメージのセット」を考えると良いでしょう。
自分なりで
良いの?
自分の好きな言葉・イメージで良いでしょう。
そして、「自分で思いついたセットで、自分なりに覚える」と、なかなか忘れないでしょう。
直前期の今、勉強中でも一休みした時でも、
こんな風に
覚えてみようかな。
と考えてみましょう。
社会も理科も、暗記で「ちょっと、あやふや」な所は、「自分なりに覚える」でやってみましょう。
きっと、高い効果が出て、覚えられるようになるでしょう。